1962年(昭和37年)、高校を卒業した土屋正己は、トヨタ系の新車ディーラーへ就職した。運転免許証すら持っていない土屋だったが、営業成績は好調。東京向島界隈を、靴底をすり減らしながら歩きまわる日々だった。 数年後、中古車を扱う部署に異動となると、すぐにその魅力に取りつかれた。新車販売においては、値引き可能な範囲は分かっても実際の原価は分からない。だが中古車であれば仕入れ値と売値が明確で、自分がどれだけの利益を生み出したのかがハッキリしていた。「これぞ商売だ」と思った。このときの体験が、後々独立するきっかけとなる。

新車ディーラーでの中古車販売経験をもとに、土屋正己はついに独立を決意した。新車、中古車問わず、時代は自動車を欲していた。新車が好調に売れていくと、それに合わせて中古車も市場に出回る。放っておくとすぐにディーラーの駐車場が中古車で溢れてしまうような、そんな時代だった。1969年(昭和44年)、東京都葛飾区新小岩にて、ツチヤ自動車の前身となる土屋自動車販売が設立された。

土屋と同じく、中古車販売業を始めた仲間は数多くいた。いつからか、同業者同士で毎週集まるようになり、次第にオークションが行なわれるように。毎週のように、40~50台に及ぶ中古車が取引された。とはいっても、実物を持ち寄るのは物理的に困難だったこともあり、主に書類上での取引。いわゆる“ペーパーオークション”である。これが後々、オートオークション会場設立へと繋がっていく。現在のオートオークションの源流は、このときすでに生まれていたのだ。